キューブリック作、皮肉と狂気が交錯するベトナム反戦映画 ---
『フルメタル・ジャケット』(原題:Full Metal Jacket)は、1987年に公開されたスタンリー・キューブリック監督による戦争映画である。原作はグスタフ・ハスフォードの小説『ショート・タイマーズ』で、脚本はキューブリック、マイケル・ハー、ハスフォードの3人が共同で執筆した。
物語は、ベトナム戦争を背景に、海兵隊新兵の過酷な訓練と戦場での体験を描いている。主演はマシュー・モディーンで、彼は主人公ジョーカーを演じた。共演には、ヴィンセント・ドノフリオ(パイル役)やR・リー・アーメイ(ハートマン軍曹役)などが名を連ねている。
本作は第60回アカデミー賞で脚色賞にノミネートされ、また第45回ゴールデングローブ賞ではR・リー・アーメイが最優秀助演男優賞にノミネートされた。戦争の現実と人間の心理を鋭く描写し、公開当時から現在に至るまで高い評価を受けている。
『フルメタル・ジャケット』のあらすじ紹介(ネタバレなし)
アメリカ海兵隊の新兵たちは、ベトナム戦争への派遣に向けてサウスカロライナ州パリスアイランドの訓練所に送られる。そこでは、鬼教官ハートマン軍曹(R・リー・アーメイ)のもと、過酷な訓練と徹底的な精神教育が行われていた。新兵たちは個性を消され、戦闘マシンとしての人格を植え付けられていく。
主人公のジョーカー(マシュー・モディーン)は知的で皮肉屋な性格を持ち、軍の教えに懐疑的な態度を見せる一方で、次第に兵士としての適応を求められる。対照的に、心優しいが不器用なパイル(ヴィンセント・ドノフリオ)は訓練についていけず、軍曹の標的となる。仲間からの制裁を受けながらも彼は次第に変貌し、ある夜、訓練所で衝撃的な事件を引き起こす。
時が経ち、ジョーカーは戦場記者としてベトナムに派遣される。戦況が激化する中、彼は前線部隊とともにフエの市街戦に巻き込まれ、戦場の狂気と直面する。訓練所とは異なる、現実の戦争の中で、ジョーカーは兵士としての在り方と人間性の狭間で葛藤していく。
『フルメタル・ジャケット』の監督・主要キャスト
- スタンリー・キューブリック(58)監督
- マシュー・モディーン(28)ジョーカー
- ヴィンセント・ドノフリオ(27)レナード・“パイル”・ローレンス
- R・リー・アーメイ(43)ハートマン軍曹
- アーリス・ハワード(33)カウボーイ
- アダム・ボールドウィン(25)アニマル・マザー
- ドリアン・ヘアウッド(34)エイトボール
- ケヴィン・メジャー・ハワード(27)ラフター
(年齢は映画公開当時のもの)
『フルメタル・ジャケット』の評価・レビュー
・みんなでワイワイ | 2.0 ★★☆☆☆ |
・大切な人と観たい | 2.0 ★★☆☆☆ |
・ひとりでじっくり | 5.0 ★★★★★ |
・無機質な戦争描写 | 5.0 ★★★★★ |
・戦争心理と洗脳の恐怖 | 5.0 ★★★★★ |
ポジティブ評価
『フルメタル・ジャケット』は、戦争映画の常識を覆すような独特の構成と視点で描かれている。従来の戦争映画が英雄的な戦闘や兵士の成長を中心に据えることが多いのに対し、本作は冷徹な視点で戦争の実態をあぶり出し、兵士がどのように「作られ」、そして戦場で何を経験するのかを描いている。前半の海兵隊訓練パートと後半の戦場パートの対比は鮮烈で、戦争が単なる戦闘行為ではなく、人間の精神にどのような影響を与えるのかを如実に示している。
キャストの演技も印象的で、とりわけR・リー・アーメイ演じるハートマン軍曹はインパクトが絶大。彼は実際に元海兵隊教官であり、撮影前のリハーサルで見せた迫真の演技が評価され、当初コンサルタントとしての参加予定だったにもかかわらず正式に役を得た。彼の厳しくも時にブラックユーモアの効いた罵倒の数々は、単なる軍規の厳しさを示すだけでなく、兵士を育成するための軍隊のリアリズムを象徴している。即興で作られたという台詞の数々は、映画のリアリティを高める要因となっている。
戦場の描写にはスタンリー・キューブリックらしい緻密な映像設計が際立っており、特に後半のフエの市街戦は圧巻。ベトナムの戦場を再現するためにロンドン近郊の工場跡地を改造し、瓦礫や建物の配置に至るまで細部にこだわった。無機質な戦場と、そこに存在する兵士たちの生々しさとの対比が強調されている。また戦争映画では壮大なオーケストラ音楽が使われることが多いが、本作では時代背景に合わせた60年代のポップソングが随所に流れ、戦争の現実と兵士たちの感覚とのギャップを演出している。エンディングに流れる「ミッキーマウス・マーチ」のシーンは、映画の持つ皮肉と冷徹な視点を象徴する。
ネガティブまたは賛否が分かれる評価要素
『フルメタル・ジャケット』は2部構成で成り立ち、の前半と後半で大きく雰囲気が異なる。前半の海兵隊訓練パートは強烈なインパクトを持つ一方で、後半のベトナム戦争パートは比較的淡々と進む。この構成が映画としての一貫性を欠いていると感じる視聴者もいる。
また反戦というテーマが一貫しているものの、直接的な啓示ではなく、人間の酷い部分を描くことで戦争の残酷さを間接的に”示唆する”手法を取っている。視線が客観的であり、監督のメッセージをどう受け取るかは視聴者に委ねられる。ハートマン軍曹は映画史に残る人気のキャラクターとなった(なってしまった?)。
また、スタンリー・キューブリック監督の演出は冷徹で、概ね登場人物の心理描写は抑えられている。その為、感情移入がしにくいと感じる視聴者もいる。戦争に対するスタンスが曖昧に見えるという指摘もある。
より壮大な戦闘シーンを描いた『プラトーン』や『地獄の黙示録』と比較されやすい。本作の戦闘描写は局地戦にフォーカスしており、戦争全体のスケール感を求める視聴者には逆に物足りなく映るかもしれない。
こぼれ話
『フルメタル・ジャケット』の撮影は、スタンリー・キューブリックらしい徹底したこだわりと独特の方法論によって進められた。ベトナム戦争を描いているにもかかわらず、撮影はすべてイギリス国内で行われ、クライマックスの市街戦シーンはロンドン近郊の工場跡地を改造して作られた。キューブリックはリアリティを追求するため、実際の戦場写真を参考にしながら建物の損壊具合や瓦礫の配置にまでこだわり、さらにはヤシの木を輸入してベトナムの雰囲気を再現した。撮影当時のイギリスでは高層ビルの解体が進んでおり、それを活用することで戦場の荒廃した景観を生み出したという。
本作の名物キャラクターであるハートマン軍曹役のR・リー・アーメイは、もともと俳優ではなく、元海兵隊の訓練教官であり、撮影には軍事アドバイザーとして参加していた。しかし、アーメイが見せた即興の罵倒演技があまりにリアルだったため、キューブリックが急遽彼をキャスティングすることを決定した。撮影では、彼が書いた罵倒台詞を録音し、キューブリックがそれを気に入ると、ほぼ全編にわたってアドリブが採用されることになった。これは極端なまでにコントロールを重視するキューブリック作品としては異例のことであり、「キューブリック映画で即興が許された唯一の俳優」とも言われている。なお、アーメイは訓練シーンの撮影中、指を骨折する怪我を負ったが、それを隠して演技を続けたという。
逆に主人公ジョーカーを演じたマシュー・モディーンは、本作の撮影中にキューブリックの細かすぎる演出指示に驚かされたという。たとえば、カメラの角度を数ミリ単位で調整するために数時間を費やし、撮影が一向に進まないこともあった。また、キューブリックは撮影現場を極端に管理することで知られ、出演者やスタッフがどんなに長時間待機しても、納得いくまで撮影を進めないことで悪名高かった。そのため、撮影は1年以上に及び、特にヴィンセント・ドノフリオ(パイル役)は役作りのために30kg以上増量したものの、撮影が長引いたことで減量のタイミングを完全に失い、撮影後もしばらく体重を戻せなかったという。なお、彼の体重増加は映画史上最大級のものであり、これによって膝を痛めることにもなった。
エンディングで流れる「ミッキーマウス・マーチ」は、当時の戦争映画としては異質な選曲だった。これは、戦争の現実と兵士たちの心情とのギャップを強調するための演出であり、皮肉と冷徹な視点を象徴するものとして語り継がれている。キューブリックは音楽の使い方にも細かくこだわり、戦争映画にありがちな壮大な音楽を避け、60年代のポップソングを使用することで、兵士たちの青春と戦争の過酷さのコントラストを際立たせた。
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