エルム街 の悪夢(1984)の解説・評価・レビュー

A Nightmare on Elm Street スプラッター
スプラッター心霊ホラー

夢に侵入する殺人鬼、ホラーの常識を塗り替えた異形の一作 ---

1984年公開の『エルム街の悪夢』は、ウェス・クレイヴンが脚本・監督を務めたスラッシャー・ホラー映画である。夢の中で襲いかかる殺人鬼フレディ・クルーガーという斬新な設定と、現実と悪夢が交錯する恐怖演出により、ホラー映画史に名を刻んだ作品となった。

本作の製作費は約180万ドルと低予算ながら、独創的なストーリーと特殊効果で観客を魅了し、全世界で5,700万ドル(当時のレートで約140億円)以上の興行収入を記録。批評家からも「ホラー映画に新たな次元をもたらした作品」と高く評価され、スラッシャー映画の黄金時代を象徴する一作となった。
『エルム街の悪夢』はその後シリーズ化され、9作品に及ぶフランチャイズへと発展。フレディ・クルーガーはホラー映画のアイコンとして広く認知される存在となり、他のホラー作品やポップカルチャーにも頻繁に登場している。

『エルム街の悪夢』のあらすじ紹介(ネタバレなし)


エルム街に暮らす高校生ナンシー・トンプソン(ヘザー・ランゲンカンプ)とその友人たちは、爪のついた手袋をした不気味な男が登場する悪夢に悩まされるようになる。夢の中で傷を負うと現実でも同じ傷が現れ、やがて友人のひとりが夢の中で命を落とすという恐ろしい事件が発生する。

悪夢の正体を探るうちに、ナンシーはその男がフレディ・クルーガー(ロバート・イングランド)という存在であることを知る。彼はかつて子供たちを襲った凶悪犯で、法の裁きを逃れた後、親たちの手で焼き殺された過去を持つ。そして今、復讐のために夢の中から若者を狙っていることが明らかになる。
夢と現実の境界が曖昧になる中、ナンシーは自分と友人たちを守るため、フレディと対峙する決意を固める。睡魔に襲われる恐怖と戦いながら、彼女は夢の中でフレディを打ち負かす方法を模索していく。

果たしてナンシーは、「夢から覚めれば安全」という常識を覆す脅威に打ち勝つことができるのか——。現実と悪夢が交錯する中、エルム街はさらなる恐怖に包まれていく。

『エルム街の悪夢』の監督・主要キャスト

  • ウェス・クレイヴン(45)監督
  • ヘザー・ランゲンカンプ(20)ナンシー・トンプソン
  • ロバート・イングランド(37)フレディ・クルーガー
  • ジョニー・デップ(21)グレン・ランツ
  • アマンダ・ワイス(24)ティナ・グレイ
  • ジュ・ガルシア(23)ロッド・レイン
  • ロニー・ブレイクリー(39)マーゲット・トンプソン
  • ジョン・サクソン(48)ドナルド・トンプソン警部

(年齢は映画公開当時のもの)

『エルム街の悪夢』の評価・レビュー

・みんなでワイワイ 3.0 ★★★☆☆
・大切な人と観たい 2.0 ★★☆☆☆
・ひとりでじっくり 4.0 ★★★★☆
・80年代ホラー体験 5.0 ★★★★★
・ジョニー・デップのデビュー作 4.0 ★★★★☆

ポジティブ評価

『エルム街の悪夢』は、「夢」という誰もが体験する無防備な領域を舞台にした斬新な設定で、従来のスラッシャーホラーとは一線を画す作品として高く評価されている。ウェス・クレイヴン監督は、現実と夢の境界を曖昧にすることで、視聴者に常に「これは夢か、現実か?」という不安を抱かせることに成功した。

本作の最も特筆すべき点は、フレディ・クルーガーというキャラクターの存在である。
ロバート・イングランドが演じるフレディは、単なる無口な殺人鬼ではなく、皮肉めいたジョークと不気味な笑みを浮かべながら獲物を追い詰めるという独特のスタイルを確立。赤と緑のセーター、フェドーラ帽、鋭い爪のついた手袋というビジュアルはインパクト抜群で、瞬く間にホラーアイコンとなった。
また、主演のヘザー・ランゲンカンプは、ホラー映画にありがちな「悲鳴を上げるだけの犠牲者」ではなく、フレディに立ち向かう知的で強いヒロインを演じたことで称賛を集めた。彼女が恐怖に打ち勝とうとする姿は、観客にとっても共感しやすく、物語を引き締める存在となっている。

映像演出においては、低予算とは思えない工夫が随所に見られる。例えば、ティナが壁や天井を引きずられる悪夢のシーンは、回転する部屋のセットを使用して撮影され、重力を無視した恐怖をリアルに表現。ベッドから血が噴き出すシーンも、同様の回転セットと逆再生技術を駆使して撮影されたものだ。こうした実写効果と巧みな編集により、観客は夢と現実の区別がつかない不安に引き込まれていく。
音楽面でも、子どもたちが歌う「ワン、ツー、フレディが来るよ…」という童謡も、作品を象徴する不気味なフレーズとして定着し、視聴者にじわじわと迫る恐怖を与える。

さらに、本作はジョニー・デップの映画デビュー作としても知られ、彼の出演は後のファンにとって貴重な見どころとなった。当時はまだ無名だったデップだが、恋人役の青年として自然体の演技を見せ、後のスター街道への第一歩を踏み出した。

ネガティブまたは賛否が分かれる評価

ネガティブ要素としては、ストーリーの整合性と設定の曖昧さが指摘される。
夢と現実の境界を曖昧にする演出は本作の魅力ではあるが、それらが何度も交錯する中で、「ルールが曖昧で、ご都合主義に見える展開」と感じることもある。例えば、フレディが夢の中では無敵なのに現実では弱体化する設定が示唆されるものの、その境界が曖昧で、最終的にフレディを倒す方法も結構むりやり。
特殊効果のクオリティにばらつきがある点も否めない。例えば、フレディが壁から浮き上がるシーンでは、ラテックス製の薄い壁を使用して撮影されたが、現代の目で見ると「明らかに作り物」とわかる質感で、恐怖よりもチープさが際立ってしまうことがある。

とはいえ、限られた予算の中で生み出された演出やアイデアには独特の味わいがあり、B級映画的な側面を楽しむことを含めて本作の魅力なのである。映画としての面白さが際立っており、80年代当時シリーズ化されるほどの人気を博した。ホラージョニー・デップの映画デビュー作としての話題性も相まって、スラッシャー映画の中でも金字塔的な地位を獲得している。映画ファンなら一度観ることをお勧めしたい一作である。

こぼれ話

『エルム街の悪夢』の着想の源は、クレイヴンが読んだ新聞記事だった。1970年代後半、アジア系移民の若者が悪夢を見続け、その恐怖から眠ることを避けた末に、心臓発作で急死したという事件を基に「夢の中で命を奪われる恐怖」を物語の核とした。こうした背景から、本作が「実話」だと語られることがある(実際は創作)。

映画に登場する象徴的な殺人鬼フレディ・クルーガーを演じたのはロバート・イングランド。フレディのトレードマークであるナイフの爪と赤と緑のセーター、広いつばの帽子は、クレイヴン自身の子供時代の恐怖体験から生まれた。クレイヴンは幼い頃、酔った浮浪者が家の外を歩き回る姿に恐怖を感じ、その男の不気味な服装と雰囲気をフレディのイメージに重ねたという。
ちなみに、ロバート・イングランドは撮影初日にフレディのメイクを見て「これなら怖がられるより笑われるんじゃないか」と不安になったという。しかし、スクリーン上で自身の姿を見た瞬間、その不安は吹き飛び、「フレディは間違いなく夢の中の支配者になれる」と確信したそうだ。結果として、その爪と笑みは何世代もの視聴者に悪夢を届ける存在となった。

キャスティングに関しても興味深い逸話が残っている。主人公ナンシー役のヘザー・ランゲンカンプは当時大学生であり、約200人の候補者の中から抜擢された。また、ナンシーの恋人グレン役で映画デビューを果たしたのが若きジョニー・デップだった。実は、デップは友人であるジャッキー・アール・ヘイリー(後に2009年のリメイク版でフレディ役を演じる)のオーディションに付き添っただけだったが、監督の目に留まり、急遽役を得たという。

映画の低予算ぶりも有名だ。製作費はわずか180万ドル(当時のレートで約4億円)で、当時としてもインディペンデント作品に近い規模だった。公開当初、映画は批評家から賛否両論を受けたものの、興行的には成功を収め、全世界で5700万ドル(140億円)の興行収入を記録。低予算作品としては異例のヒットとなり、その後シリーズ化、テレビドラマ化、リメイクなど、さまざまな形でフレディはホラー界のアイコンとして君臨し続けた。
ニュー・ライン・シネマは本作の成功によって経営危機を脱し、以後「フレディがスタジオを救った」と語られるようになった。実際、ニュー・ラインは後に『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズを手掛ける大手スタジオへと成長していくが、その礎を築いたのが『エルム街の悪夢』だったことは業界でもよく知られている。

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