舞台の光をめざす名もなきダンサーたちの群像ミュージカル —
1985年公開の『コーラスライン』は、1975年にブロードウェイで初演された伝説的ミュージカルを映画化した作品である。監督は『愛と哀しみの果て』(1985) でアカデミー賞を受賞したリチャード・アッテンボロー。主演はマイケル・ダグラス、アリソン・リード、テレンス・マンらが務めた。舞台版はミュージカル史に残る傑作として知られ、1976年のトニー賞で最優秀ミュージカル賞を含む9部門を受賞し、1985年に映画版(本作)が製作されることとなった。
物語は、ニューヨークのブロードウェイで開催されるダンサーのオーディションを舞台に、夢を追う若者たちの葛藤や情熱を描く。彼らがダンスを通じて自らの人生を語り、厳しい競争の中で自己を表現していく様子が、ダイナミックな音楽と振付とともに展開される。特に、代表曲「One」や「What I Did for Love」は、映画版でも印象的な場面を彩っている。
映画版は、舞台とは異なる脚色が施され、特に主人公である演出家ザック(マイケル・ダグラス)と元恋人キャシー(アリソン・リード)の関係に焦点を当てたドラマが強調されている。しかし、舞台の魅力を完全に再現することは難しく、公開当時の評価は賛否が分かれた。興行収入も伸び悩み、全世界で約1,400万ドル(当時のレートで約35億円)にとどまった。
それでも、本作はブロードウェイ・ミュージカルの映画化作品として一定の評価を得ており、特に振付や音楽のクオリティが高い。
『コーラスライン』のあらすじ紹介(ネタバレなし)
ブロードウェイの舞台裏。新作ミュージカルのオーディションが行われ、数多くのダンサーたちが最終選考に残る。演出家ザック(マイケル・ダグラス)は、ダンスの技術だけでなく、彼らの人生そのものを舞台に反映させたいと考え、候補者たちに過去の経験やダンスへの思いを語らせる。
候補者たちは、それぞれのバックグラウンドや夢、苦悩を明かしていく。家庭の問題を抱えながらもダンスに希望を見出した者、キャリアと年齢の狭間で焦りを感じる者、純粋にダンスが好きで舞台に立ち続ける者——。それぞれが過去を振り返り、ダンスに懸ける想いを語る中で、かつてザックと恋人関係にあったキャシー(アリソン・リード)もオーディションに参加していたことが明らかになる。
かつてスターを夢見てブロードウェイを離れたキャシーだったが、思うような成功を掴めず、今はアンサンブル・ダンサーとしての仕事を求めている。彼女の姿に戸惑いを見せるザックだったが、キャシーは「どんな形であれ、もう一度舞台に立ちたい」と強く訴える。ザックは彼女の才能を認めつつも、「スター候補ではなく、群舞の一員としての仕事に満足できるのか」と問いかける。
オーディションは進み、ダンサーたちは次々と選ばれ、あるいは去っていく。夢と現実の狭間で葛藤しながらも、ダンスに人生を捧げようとする彼らの姿が浮かび上がる。そして、ついに合格者が決定し、舞台の幕が上がる。華やかなショーナンバー「One」が響き渡る中、ザックとキャシーの関係もまた、ダンスとともに新たな形を迎えるのだった。
『コーラスライン』の監督・主要キャスト
- リチャード・アッテンボロー(62)監督
- マイケル・ダグラス(41)ザック
- アリソン・リード(27)キャシー・セルフ
- テレンス・マン(34)ラリー
- グレッグ・バージ(31)リッチー・ウォルターズ
- ヤミル・ボーグ(24)ディアナ・モラレス
- ジャネット・ジョーンズ(24)ジュディ・モンロー
- オードリー・ランダース(28)ヴァル・クラーク
(年齢は映画公開当時のもの)
『コーラスライン』の評価・レビュー
・みんなでワイワイ | 2.0 ★★☆☆☆ |
・大切な人と観たい | 3.0 ★★★☆☆ |
・ひとりでじっくり | 4.0 ★★★★☆ |
・ダンサーの情熱と技術 | 5.0 ★★★★★ |
・舞台版も見たくい! | 4.0 ★★★★☆ |
ポジティブ評価
『コーラスライン』は、ブロードウェイを象徴するミュージカルを映画化した作品として、ダンスシーンの魅力と音楽の力強さが際立つ映画となっている。特に、映画ならではのカメラワークや編集を活かした演出により、舞台版とは異なる視点でキャラクターたちの感情や動きを映し出している。
リチャード・アッテンボロー監督は、ダンスの躍動感を強調するためにロングショットとクローズアップを巧みに使い分け、ダンサーたちのエネルギーをスクリーンに封じ込めた。また、映画版は舞台版とは異なる脚色が加えられており、特にザック(マイケル・ダグラス)とキャシー(アリソン・リード)の関係により深く焦点が当てられている。舞台版ではダンサーたちの群像劇が中心だったが、映画版ではザックとキャシーの過去と現在の対比が明確に描かれ、物語にドラマ性が加えられた。これにより、単なるオーディションの物語ではなく、「夢を追い続けることの意味」をより個人的な視点で掘り下げている。
ダンスシーンは本作の最大の見どころであり、特にクライマックスの「One」のシーンは、ブロードウェイの華やかさと厳しさを象徴する場面として印象的である。キャスト陣は実際のダンサーが多く起用されており、彼らのパフォーマンスは本物の熱気に満ちている。舞台上の一体感と、個々のダンサーたちの努力の結晶が映し出されるこのシーンは、本作を象徴する名場面。
さらに、音楽の力も映画版の魅力を高めている。マーヴィン・ハムリッシュによる楽曲は、ミュージカルファンにとってはおなじみのものばかりであり、特に「What I Did for Love」は、夢を追う者たちの人生観を象徴する楽曲。
『コーラスライン』は、舞台版とは異なるアプローチを取りながらも、ミュージカル映画としての魅力をしっかりと備えた作品であり、ダンスや音楽を愛する人々にとっては、スクリーンの中で繰り広げられるブロードウェイの魔法を堪能することができる。
ネガティブまたは評価が分かれる評価要素
『コーラスライン』に対するネガティブ評価は、とくにアメリカでブロードウェイのオリジナルを観覧した視聴者によるもの。名作ミュージカルの映画化として期待されたが、脚色や演出に批判が渦巻いた。最大のネガティブ要素は、舞台版の持つドキュメンタリー的なリアリズムが薄れてしまった点にある。舞台版はオーディションを通じてダンサーたちの個々の人生や苦悩を浮かび上がらせる群像劇としての魅力があったが、映画版はザックとキャシーの関係に焦点を当てすぎたことで、群像劇のバランスが崩れてしまった。結果として、ダンサーたちのバックストーリーが薄まり、彼らのキャラクターに感情移入しにくくなったという意見が多い。
舞台版では、観客は実際にオーディションの選考を見ているような感覚になれるが、映画ではよりドラマ的なアプローチが取られたことで、舞台版の持つ「リアルな緊張感」が失われているというもの。
という先入観を排除して、ブロードウェイになかなか足を運べない日本の視聴者にとっては軒並み高評価(あらゆるレビューサイトでも高評価を確認した)。映画が初見であれば前述のような否定的な意見が気になるということもなく、夢を追う若者たちの緊張感が充分に伝わる作品。ダンスのパフォーマンスも◎。
こぼれ話
『コーラスライン』の映画化は、当初から期待と不安が入り混じったプロジェクトだった。舞台版は1975年の初演以来、トニー賞9部門を受賞し、1980年代にはブロードウェイ史上最長のロングラン記録を更新するほどの大ヒットミュージカルだった。しかし、映画化の際には「果たして舞台のライブ感をスクリーンで再現できるのか?」という疑問が関係者の間でもささやかれていた。
最終的に監督に抜擢されたのは、『ガンジー』(1982)でアカデミー賞を受賞したリチャード・アッテンボローだったが、彼はこれまでミュージカルを手がけた経験がなく、その選択は意外なものだった。アッテンボローは「ブロードウェイの厳しさと情熱を映画的に描きたい」と意気込んでいたが、結果的には舞台版のリアルなオーディションの緊張感よりも、よりドラマ的な側面が強調されることになった。キャスティングも大きな課題だった。舞台版のオリジナルキャストは映画にも出演を希望していたが、製作陣は「より映画向けの俳優」を求めたため、ほぼ全員が新たに選ばれることとなった。
その中でも特に注目されたのが、演出家ザック役にマイケル・ダグラスがキャスティングされたことだった。ダグラスは当時すでに映画スターとしての地位を確立していたが、ミュージカル映画の経験はなく、しかもザックは基本的に歌わず、踊らず、ほぼ審査する立場のキャラクターだったため、「なぜ映画版の主役がこの役なのか?」と疑問視する声もあった。
一方で、ザックとキャシーの関係をより強調する映画版の脚色に合わせ、ダグラスの存在感は物語の軸として機能したとも言える。また、映画版では舞台版の楽曲の一部が削除され、新曲「Surprise, Surprise」が追加された。しかし、この新曲はファンの間で「舞台の雰囲気と合っていない」と不評だった。作曲家のマーヴィン・ハムリッシュは、映画版のためにこの曲を書き下ろしたものの、オリジナルの楽曲の持つ統一感を崩してしまったと指摘する声もあった。そのためか、舞台版が再演される際にはこの曲はほぼ使われず、現在では映画版の「レアな試み」として扱われることが多い。
映画の撮影は1984年に始まり、ブロードウェイの雰囲気を再現するため、実際の劇場や大規模なセットが使用された。撮影中、キャストたちは毎日長時間のダンスリハーサルをこなし、実際のオーディションさながらの厳しいトレーニングを受けた。特に、クライマックスの「One」のシーンは、何度もリテイクが行われ、ダンサーたちは何時間も同じ振り付けを踊り続けることになった。結果的にこのシーンは映画版のハイライトとなったが、撮影後、キャストの中には「もうしばらくこの曲は聴きたくない」と冗談交じりに語る者もいたという。
公開当初の評価は賛否が分かれたが、特にブロードウェイ版のファンの間では、「映画は舞台版のエネルギーを完全には再現できなかった」という意見が多かった。
一方で、映画をきっかけにミュージカルに興味を持った視聴者も多く、結果的に『コーラスライン』は1980年代のミュージカル映画の中でも独特の存在感を持つ作品となった。
みんなのレビュー