太陽の帝国 (1987)の解説・評価・レビュー

Empire of the Sun 戦争ドラマ
戦争ドラマ

少年の瞳に映る戦争と喪失──スピルバーグが描く、記憶と成長の叙事詩 ---

スティーヴン・スピルバーグ監督による1987年の戦争映画『太陽の帝国』は、J・G・バラードの同名小説を原作とし、第二次世界大戦下の中国を舞台に少年の成長を描く。
主演は当時13歳のクリスチャン・ベールで、ジョン・マルコヴィッチやミランダ・リチャードソンらが共演した。物語は、上海で裕福な生活を送っていたイギリス人少年が戦争により日本軍の捕虜収容所へ送られる過程を追う。撮影は上海を含む実際のロケ地で行われ、戦時下の中国の再現にこだわったビジュアルが特徴である。

スピルバーグは本作を通じて、戦争による人間の適応力と喪失のテーマを探求した。興行成績は米国内で約2,200万ドル(当時のレートで約32億円)にとどまり商業的には成功とは言えなかったが、批評家からは高く評価された。アカデミー賞では撮影賞、美術賞、編集賞、作曲賞、録音賞、音響編集賞の6部門にノミネートされた(未受賞)。

『太陽の帝国』のあらすじ紹介(ネタバレなし)


1941年、第二次世界大戦下の上海。イギリス人少年ジム(クリスチャン・ベール)は裕福な家庭で何不自由ない生活を送っていた。しかし、日本軍の侵攻により上海は混乱し、ジムは家族とはぐれてしまう。孤独の中で生き延びようとする彼は、アメリカ人の野心家バシー(ジョン・マルコヴィッチ)と出会い、やがて日本軍の捕虜収容所へ送られる。

収容所では過酷な環境の中で生きる術を学び、日本軍の兵士や捕虜たちとの交流を通じて成長していく。彼は持ち前の知恵と適応力で生活を維持しながら、ゼロ戦に憧れを抱くようになる。
しかし、戦争の激化により状況は悪化し、ついにはアメリカ軍の爆撃が収容所を襲う。
終戦後、ジムは日本軍の撤退とともに解放されるが、かつての幼さを失い、精神的に変化した姿で故郷へ戻ることになる。

『太陽の帝国』の監督・主要キャスト

  • スティーヴン・スピルバーグ(41)監督
  • クリスチャン・ベール(13)ジム・グレアム
  • ジョン・マルコヴィッチ(34)バシー
  • ミランダ・リチャードソン(29)モウリーン・”モー”・シルバーマン
  • ナイジェル・ヘイヴァース(36)ジョン・グレアム医師
  • ジョー・パントリアーノ(36)フランク・デマー
  • 伊武雅刀(38)名もなき日本軍将校
  • ルパート・フレイザー(22)ダフィ大尉

(年齢は映画公開当時のもの)

『太陽の帝国』の評価・レビュー

・みんなでワイワイ 1.0 ★☆☆☆☆
・大切な人と観たい 3.0 ★★★☆☆
・ひとりでじっくり 4.0 ★★★★☆
・クリスチャン・ベールの少年期 5.0 ★★★★★
・戦争と少年のコントラスト 5.0 ★★★★★

ポジティブ評価

『太陽の帝国』は、スティーヴン・スピルバーグが戦争という極限状態の中での人間の適応力や成長を描いた作品であり、映像美、音楽、演技のすべてが高く評価されている。J・G・バラードの自伝的小説を基にしながらも、スピルバーグらしい少年の冒険譚としての要素を加えたことで、戦争映画の中でも独自の位置を確立している。

物語の中心となるのは、クリスチャン・ベール演じるジム・グレアムの成長だ。当時13歳だったベールは、4000人以上の候補者の中から抜擢され、知識層の子供としての繊細さ、戦争を通じて変化していく逞しさ、そして少年ならではの無邪気な好奇心を見事に表現した。
彼の演技は単なる子役のレベルを超え、戦争を生き抜く一人の人間としてのリアリティを持っていた。特に、捕虜収容所で日本軍のゼロ戦を見つめながら歓声を上げるシーンや、極限状態の中で純粋さを失いそうになりながらも希望を抱く姿は印象的。

映像面では、スピルバーグのこだわりが随所に表れている。撮影監督アレン・ダヴィオーは、上海の壮大な都市景観、捕虜収容所の乾いた空気、戦争の混乱をダイナミックに映し出し、視覚的にも時代の雰囲気を忠実に再現した。特に、戦時下の上海を舞台としたシーンでは、エキストラを大量に動員し、実際のロケを敢行することで、混乱する都市のリアリティを強調している。日本軍のゼロ戦が飛び交う場面や、戦争によって破壊された風景の描写も圧巻である。
また、ジョン・ウィリアムズによる音楽も映画の重要な要素のひとつだ。本作では、ウィリアムズの過去のスピルバーグ作品に見られるような壮大なオーケストレーションだけでなく、少年の視点を反映した繊細で哀愁漂う旋律が印象的である。特に、少年合唱団によるウェールズ民謡「Suo Gân(スオ・ガン)」が流れるシーンは、戦争の混沌と対比される美しさを生み出した。

スピルバーグの演出は、戦時下の子供の視点を通じて戦争が人間にもたらす変化を描いている。ジムが日本兵やアメリカ兵と関わる中で、それぞれの立場の違いを理解していく過程は、スピルバーグらしい繊細な人物描写によって描かれており、単純な敵味方の構図ではないことが際立つ。戦争が個々の人間に与える影響を細やかに描いた本作は、スピルバーグ作品の中でも特に異色でありながら、監督のキャリアの中で重要な位置を占める作品となった。

ネガティブまたは賛否が分かれる評価要素

『太陽の帝国』は、その映像美とテーマ性が高く評価されている一方で、いくつかの課題も指摘されている。特に、スピルバーグの作品としては珍しく、感情的なクライマックスが控えめである点に意見が分かれる。
監督の代表作『E.T.』や『シンドラーのリスト』のように、視聴者の涙を誘う演出が随所に盛り込まれることが多いが、本作では戦争の現実を冷静に描くことを優先したため、スピルバーグの”らしさ”が抑えられている。好みが分かれる部分であるが、「感動的な余韻」を期待した視聴者には物足りなさを感じさせるかもしれない(これが良いという視聴者も勿論いる)。

また細かい点であるが、映像美が賞賛される中、原爆の光まで美しく描写したことについては、日本の視聴者としては眉をひそめるところではある。

全体的には戦争の悲惨さよりもジムの成長を丁寧に追うドラマ。少年の視点から戦争を描くという試みは独自性があり、スピルバーグの幅広い表現力を示す作品であることは間違いない。

こぼれ話

クリスチャン・ベールは『太陽の帝国』のオーディションで4000人の候補者を勝ち抜き、スピルバーグに見出された。しかし、撮影は想像以上に過酷だったようで、のちに彼は「撮影後、俳優を辞めようと思った」と語っている。
当時13歳の彼にとって、大規模な戦争映画の現場はまさに異世界だったようだ。とはいえ、その後も彼は演技を続け、『ダークナイト』や『フォードvsフェラーリ』などで圧倒的な存在感を見せている。結果的には、この映画が彼のキャリアの出発点となったわけだが、もし本当に辞めていたらと思うと映画ファンにとってはゾッとする話だ。

意外なキャストとして、本作には若き日のベン・スティラーも出演している。
当時無名だった彼は、捕虜収容所のアメリカ人の一人として登場するが、のちに『ナイト ミュージアム』シリーズで大スターとなることを考えると、なかなか興味深い配役だ。しかも彼はこの現場でジョン・マルコヴィッチと出会い、後に自身が監督・主演を務めた『トロピック・サンダー』のキャラクターに影響を受けたという。
まさか戦争映画の撮影現場でコメディ映画のインスピレーションを得るとは、人生は不思議なもの。

映画の撮影は上海で実際に行われたが、当時のハリウッド映画としては異例のロケだった。特に、戦時下の上海の混乱を再現するために大量のエキストラを動員し、リアルな街並みの中で撮影されたシーンは圧巻。スピルバーグはこのロケを「最も困難だったが、最も満足のいく経験の一つ」と語っており、特に上海の群衆シーンの撮影は、映画史に残るほど大規模なものだった。
しかし、実際の現場ではエキストラの動きが予定通りにならず、撮影スタッフが慌てることも多かったという。

本作はスピルバーグにとっても特別な作品だったようで、のちに彼は「『太陽の帝国』を作ったことで、戦争映画をリアルに描くことの重要性を学んだ」と語っている。実際、この経験が彼のキャリアに大きな影響を与え、数年後に『シンドラーのリスト』を撮るきっかけとなった。『太陽の帝国』がなければ、スピルバーグは今とは違う道を歩んでいたかもしれない。当時の興行収入こそ振るわなかったが、後年になって再評価が進み、スピルバーグ作品の中でも異色ながら重要な一本として語られるようになった。

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