一夜の過ちが、破滅へと変わるサスペンス ---
『危険な情事』(原題:Fatal Attraction)は、1987年に公開されたアメリカのサスペンススリラー映画である。監督はエイドリアン・ライン、主演はマイケル・ダグラスとグレン・クローズが務めた。物語は、ニューヨークの弁護士ダン・ギャラガーが、一夜の過ちで魅力的な編集者アレックス・フォレストと関係を持ったことから始まる。しかし、ダンが関係を終わらせようとすると、アレックスは執拗なストーカー行為を始め、ダンとその家族を恐怖に陥れる。
本作は第60回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞(グレン・クローズ)、助演女優賞(アン・アーチャー)、脚色賞、編集賞の6部門にノミネートされた。不倫が招く悲劇を描いた作品として日本でも大きな話題を呼んだ。
『危険な情事』のあらすじ紹介(ネタバレなし)
ニューヨークで暮らす弁護士ダン・ギャラガー(マイケル・ダグラス)は、美しい妻ベス(アン・アーチャー)と幼い娘エレン(エレン・ハミルトン・ラトセン)とともに平穏な家庭を築いていた。ある日、彼は仕事の関係で知り合った編集者アレックス・フォレスト(グレン・クローズ)と出会い、妻子が留守の週末に一夜の過ちを犯してしまう。ダンはその関係を「一度限りのもの」として終わらせようとするが、アレックスは別れを受け入れず、執拗に彼へ接触を試みる。
アレックスの行動は次第にエスカレートし、ダンの職場や自宅にまで押しかけるようになる。彼女は妊娠を告げ、ダンに責任を求めるが、彼が関係を絶とうとすると激しく逆上する。やがて、ダンの家族にも影響を及ぼし始め、彼の生活は徐々に恐怖に包まれていく。
最初は「ただの浮気相手」と思っていたアレックスの異常な執着に追い詰められ、ダンは家族を守るために彼女との決着をつけようとする。しかし、アレックスの狂気はさらに加速し、彼と家族を想像を絶する危機へと追い込んでいく。
『危険な情事』の監督・主要キャスト
- エイドリアン・ライン(46)監督
- マイケル・ダグラス(43)ダン・ギャラガー
- グレン・クローズ(40)アレックス・フォレスト
- アン・アーチャー(40)ベス・ギャラガー
- エレン・ハミルトン・ラトセン(7)エレン・ギャラガー
- スチュアート・パンキン(41)ジミー
- エレン・フォーリー(36)ヒルディ
- フレッド・グウィン(61)アーサー
(年齢は映画公開当時のもの)
『危険な情事』の評価・レビュー
・みんなでワイワイ | 2.0 ★★☆☆☆ |
・大切な人と観たい | 2.0 ★★☆☆☆ |
・ひとりでじっくり | 4.0 ★★★★☆ |
・元祖ストーカー恐怖 | 5.0 ★★★★★ |
・圧巻のグレン・クローズ | 5.0 ★★★★★ |
ポジティブ評価
『危険な情事』は、不倫の代償を描いたサスペンススリラーとして、1980年代を代表する作品の一つである。単なる浮気のトラブルではなく、心理的な恐怖が徐々に高まっていく展開が視聴者に強い緊張感を与える。
主演のマイケル・ダグラスが演じるのは、ごく普通の弁護士でありながらたった一度の過ちによって想像を絶する状況に追い込まれていく男。彼の表情は、最初の余裕ある態度から、次第に追い詰められていく様子まで見事に変化し、日常がじわじわと崩壊していく恐怖をリアルに演じた。
本作の最大の見どころはグレン・クローズ演じるアレックス・フォレストの存在感。彼女は単なる「狂ったストーカー女性」ではなく、時には魅力的であり、時には脆さを見せる複雑なキャラクターである。彼女の行動は常軌を逸していくものの、その背後には強い孤独と執着心が見え隠れし、単なる悪役では終わらない。この演技が高く評価され、彼女はアカデミー賞主演女優賞にもノミネートされた。
本作は音楽の使い方も効果的で、特にオペラ「マダム・バタフライ」の旋律が印象的に用いられている。この選曲は、アレックスの心理状態を暗示すると同時に物語の悲劇性を強調する。さらに、都会的で洗練された映像美の中に、不穏な空気を巧みに織り交ぜることで、視聴者を逃げ場のない不安へと誘い込む演出も見事だ。
ネガティブまたは賛否が分かれる評価要素
『危険な情事』は緊迫感のあるスリラーとして高い評価を受けているが、その一方で、この映画を好むか好まないかという点においては評価が大きく分かれる。少なくとも観ていて良い気分になる人は少ないだろう。例えばホラー映画などは、ハッピーでないにしてもエンターテイメントとして成立するものだが、危険な情事の場合はより現実的な問題で、傷つき、あるいはアレックスに対して同情の念さえ抱く(アレックスの言動は、現代の視点だと精神疾患と解される)。マイケル・ダグラスはこの作品の出演によって世間に嫌われた。
本作のラストは公開当時から議論を呼んだ。もともとのエンディングは異なる結末が用意されていたが、試写会での反応を受けて大幅に変更されたという経緯がある。より観客のカタルシスを重視した演出となったものの、オリジナル版の方がテーマ的に一貫していたのではないかという意見もある。映画のメッセージ性よりも、エンターテインメント性を優先した結末になっている点は、評価の分かれるポイントだろう。尚、オリジナル版の結末はDVDの特典映像などで確認することができる。
こぼれ話
主演のグレン・クローズは、アレックス・フォレスト役を演じるにあたり、役柄に強い思い入れを持っていた。当初、彼女はアレックスを単なる悪役ではなく、精神的に追い詰められた女性として演じることを意識していたという。しかし、変更されたラストによって彼女のキャラクターがより暴力的な存在へと変化したことに対し、後に「アレックスの内面をもっと掘り下げたかった」と語っている。実際に、彼女は撮影後に役柄に深く没入しすぎたことを理由に、セラピーを受けたと明かしている。
ちなみにグレン・クローズはブロードウェイの舞台女優として3度のトニー賞主演女優賞を獲得した名優。『危険な情事』から20年後の2007年にはドラマシリーズ『ダメージ』の主演で再び怪演技を魅せ、話題となった。
一方、マイケル・ダグラスは本作の成功によって、ハリウッドにおけるスリラー映画の「危険な男」的なイメージを確立することになった。彼は本作の直後に『ブラック・レイン』(1989)、『氷の微笑』(1992)といったサスペンス映画にも出演し、同じように女性との危険な関係に巻き込まれる役柄を演じている。このため、一部のファンからは「マイケル・ダグラスは学習しない男」と冗談めかして語られることもある。
また、本作の象徴的な要素の一つである「ウサギのシーン」は、当時の観客に強烈なインパクトを与えたが、実は製作スタッフの間でもかなり議論を呼んだ演出だった。心理的な恐怖を強調するために追加されたこのシーンは、今ではスリラー映画の象徴的な瞬間の一つとして広く認識されている。
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