欲望の果てに待つのは快楽か、破滅か──80年代を象徴する官能ロマンス ---
『ナインハーフ』(原題:9 1/2 weeks)は、1986年に公開されたアメリカの恋愛映画である。監督はエイドリアン・ライン、主演はミッキー・ロークとキム・ベイシンガーが務めた。物語は、ニューヨークを舞台に、アートギャラリーで働くエリザベスとウォール街の金融ブローカーであるジョンとの9週間半にわたる情熱的かつ倒錯的な関係を描いている。原作はエリザベス・マクニール(インゲボルグ・デイ)の同名小説。
公開当初、アメリカでは興行的に成功しなかったものの、ヨーロッパや日本では高い評価を受け、特に日本では1986年に劇場公開され大きな話題を呼んだ。エイドリアン・ライン監督は、前作『フラッシュダンス』に続き、本作でも官能的な映像美を追求し、観客の感性に訴えかける作品となっている。撮影時のエピソードとして、主演のミッキー・ロークとキム・ベイシンガーの間には緊張感があったとされ、その緊張感がスクリーン上の化学反応を生み出したとも言われている。
『ナインハーフ』のあらずじ紹介(ネタバレなし)
ニューヨークのアートギャラリーで働くエリザベス(キム・ベイシンガー)は、ある日、魅力的で洗練された男性ジョン(ミッキー・ローク)と出会う。ジョンはウォール街の金融ブローカーで、神秘的な雰囲気を持ちつつも、自信に満ちた態度でエリザベスを惹きつける。
次第に二人は情熱的な関係に発展し、エリザベスはこれまで経験したことのない官能的な世界へと引き込まれていく。ジョンは彼女に対し、感覚を研ぎ澄ませるようなゲームを仕掛け、二人の関係は次第に倒錯的なものへと変化していく。しかし、その一方でジョンの支配的な性格や不可解な行動が、エリザベスの心に疑念を生じさせる。
恋の陶酔と不安の間で揺れ動くエリザベスは、やがてジョンとの関係の本質に向き合うことを余儀なくされる。9週間半に及ぶ情熱的な恋愛の果てに、彼女が下す決断とは――。
『ナインハーフ』の監督・主要キャスト
- エイドリアン・ライン(45)監督
- ミッキー・ローク(33)ジョン・グレイ
- キム・ベイシンガー(32)エリザベス・マクグロウ
- マーガレット・ホイットン(35)モリー
- デヴィッド・マーギュリーズ(48)ハーヴェイ
- クリスティーン・バランスキー(34)セリーナ
- カレン・ヤング(27)スーザン
- ドワイト・ワイリー(年齢不詳)エフレム
(年齢は映画公開当時のもの)
『ナインハーフ』の評価・レビュー
・みんなでワイワイ | 1.0 ★☆☆☆☆ |
・大切な人と観たい | 3.0 ★★★☆☆ |
・ひとりでじっくり | 5.0 ★★★★★ |
・80年代官能シネマ | 5.0 ★★★★★ |
・光と影の映像美 | 4.0 ★★★★☆ |
ポジティブな評価
『ナインハーフ』は、視覚的な美しさと官能的な雰囲気で観客を魅了する作品である。エイドリアン・ライン監督は、前作『フラッシュダンス』に続き、映像美と音楽を巧みに融合させ、視聴者の感覚に訴えるスタイルを確立。雨に濡れるニューヨークの街並みやロマンティックな光の演出が際立ち、単なるラブストーリーを超えた独特の世界観を作り上げている。
主演のミッキー・ロークとキム・ベイシンガーの間には、スクリーン上で強い化学反応が生まれた。ロークは謎めいた魅力とカリスマ性を演じ、ジョンというキャラクターにミステリアスな深みを与えた。一方、ベイシンガーは、恋に落ちる女性の繊細な心情をリアルに表現し、彼女の視点から物語を追体験できるようにしている。二人の間に流れる緊張感は、映画のムードをさらに高めている。
また、本作は音楽の使い方も印象的であり、特にジョー・コッカーの「You Can Leave Your Hat On」に合わせたシーンは、映画史に残る名場面のひとつとなった。日常的な行為をドラマチックに変える演出は、エイドリアン・ライン監督の真骨頂とも言えるだろう。
本作は単なる官能映画ではなく、感情の変化や心理描写に重きを置いている点が特徴的である。とはいえ、一部の観客には「こんな恋愛、現実にあるのか?」と思わせるほど、幻想的なムードに包まれているのも事実である。ジョンの完璧すぎるデートプランや、エリザベスの美しすぎるリアクションには、「映画だからこそ成立する恋愛」というロマンが詰まっている。非日常の恋愛に浸りたい人には、ぴったりの作品だろう。
ネガティブまたは賛否が分かれる評価要素
『ナインハーフ』は恋愛映画としてカテゴライズされるものの、主人公たちが恋に落ちるまでの展開にやや唐突さが見られ、現代の脚本構成に慣れた視聴者にとっては登場人物同士の心理的接近や葛藤の描写が不十分に映る可能性もある(1980年代らしい映画表現の特徴とも言えるが)。当時としては挑発的な性描写も、時代が進むにつれて感覚が変化した現在では必ずしも新鮮に映らないかもしれない。
全体的にストーリー構造よりも視覚と感覚に訴える演出に重きを置いているため、視聴者の好みは俳優の魅力に左右される。当時33歳のミッキー・ロークは、圧倒的な存在感と肉体的な色気によって“セックスシンボル”と称され、同世代の男性俳優の中でも特異な立ち位置を築いていた。一方、キム・ベイシンガーは本作で一躍世界的な注目を集め、彼女が放つ儚さと官能のバランスは、公開から40年近くが経過した現在でも色あせていない。
ストーリーの整合性よりも、映像と音楽、そして俳優たちの演技による雰囲気の創出こそが本作の魅力であり、エイドリアン・ライン監督が作り上げた幻想的な恋愛の世界に浸るのが本作を楽しむコツかもしれない。「こんな恋愛、現実ではありえない」と思いながら楽しむ映画の魔力が存分に詰まった名作である。
こぼれ話
『ナインハーフ』には、制作の裏側やキャストに関する興味深いエピソードがいくつも存在する。まず、撮影時の舞台裏では、主演のミッキー・ロークとキム・ベイシンガーの間に相当な緊張感があったとされる。監督のエイドリアン・ラインは、二人の間にリアルな感情の揺れを生み出すために、あえて別々の楽屋を用意し、撮影外での交流を最小限にするよう仕向けたという。その結果、スクリーン上では「燃え上がる情熱」と「微妙な距離感」の両方が見事に表現されることになった。
また、ミッキー・ロークはこの役にかなりの熱意を持って臨み、ジョンというキャラクターにリアリティを持たせるために、実際のウォール街のビジネスマンと時間を共にし、彼らの話し方や仕草を研究したという。しかし、作品の方向性についてベイシンガーとは意見が合わず、撮影中は終始ギクシャクした関係だったと言われている。ベイシンガーは後に「演技というより、リアルに怖かった」とインタビューで語っており、その感情がエリザベスの戸惑いとして映像に刻まれている。
音楽面では、映画の象徴とも言えるジョー・コッカーの「You Can Leave Your Hat On」が話題となった。この曲が流れるシーンは、本作を見ていなくても知っている人が多いほどの名場面となり、後に数多くのパロディ作品を生み出すことになった。ちなみに、エイドリアン・ライン監督は、音楽と映像をシンクロさせることに強いこだわりを持ち、このシーンの撮影には特に時間をかけたとされる。
You Can Leave Your Hat On
公開当初、アメリカでは興行的に成功しなかったが、ヨーロッパや日本では高い人気を博し、日本では1986年に劇場公開されるとセンセーショナルな話題となった。当時の邦画では見られないスタイリッシュな官能描写が、多くの観客を惹きつけた要因の一つだった。特に80年代後半のバブル時代の日本では、都会的で洗練された大人の恋愛映画として支持された。
『ナインハーフ』は、リアリティよりもムードを重視した作品であり、理屈ではなく「雰囲気を味わう映画」と言えるだろう。現実離れした恋愛に浸りたい時、または80年代の洗練された映像美に触れたい時に最適な一本である。
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