ジュリア・フィオナ・ロバーツは、1967年10月28日、アメリカ合衆国ジョージア州スマーナに生まれた。父親と母親は共に俳優で、アトランタで演技学校を経営していた。兄のエリック・ロバーツ、姉のリサ・ロバーツ・ギラン、姪のエマ・ロバーツも俳優として活動している。
幼少期に両親が離婚し、母親に育てられたジュリアは、当初獣医を志していたが、兄エリックの影響で演技に興味を持つようになった。高校卒業後、ニューヨークに移り、演劇学校に通いながらモデルとして活動し、オーディションを受ける日々を送る。
1987年、映画『ファイアー・ハウス/全員集合』でノンクレジットながらスクリーンデビュー。翌年の『ミスティック・ピザ』で注目を集めるようになり、1989年の『マグノリアの花たち』でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされた。そして1990年、『プリティ・ウーマン』で世界的なスターとなり、以降も数々のヒット作に出演。ロマンティック・コメディの女王としての地位を確立した。
その後も演技の幅を広げ、2000年の『エリン・ブロコビッチ』でアカデミー賞主演女優賞を受賞。近年も『ワンダー 君は太陽』(2017年)などで存在感を発揮し、長年にわたってハリウッドの第一線で活躍している。
ジュリア・ロバーツの経歴
俳優としてのキャリア
ジュリア・ロバーツは、1980年代後半に映画界へ進出。1987年に『ファイアー・ハウス/全員集合』でスクリーンデビューし、翌年の『ミスティック・ピザ』で注目を集めた。1989年には『マグノリアの花たち』でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、実力派女優としての評価を高める。
1990年の『プリティ・ウーマン』でリチャード・ギアと共演し、一躍世界的スターとなる。本作はロマンティック・コメディの代表作として大ヒットし、ロバーツはゴールデングローブ賞主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞。その後も『眠れぬ夜のために』(1991年)、『ペリカン文書』(1993年)、『ノッティングヒルの恋人』(1999年)など、ロマンティック・コメディからサスペンスまで幅広いジャンルに挑戦。
2000年、『エリン・ブロコビッチ』で実在の環境活動家を演じ、アカデミー賞主演女優賞を受賞。ハリウッドのトップ女優としての地位を確立し、その後も『オーシャンズ11』(2001年)、『クローサー』(2004年)、『食べて、祈って、恋をして』(2010年)など、話題作に出演し続ける。
2010年代以降も、『ワンダー 君は太陽』(2017年)やドラマシリーズ『ホームカミング』(2018年)などで活躍。キャリアを通じて、ロマンティック・コメディの女王としてだけでなく、演技派女優としても確固たる地位を築いている。
製作者としてのキャリア
ジュリア・ロバーツは、俳優業だけでなく映画・テレビの制作にも関わり、製作総指揮としての活動を広げている。2000年代に入ると、自身の出演作の制作に積極的に関与し、2001年には製作会社「Red Om Films」を設立。家族や社会問題をテーマにした作品の製作にも力を入れ始めた。
2004年の『モナ・リザ・スマイル』では製作にも関与し、女性の自立をテーマにした作品作りに貢献。2018年にはAmazon Primeのドラマシリーズ『ホームカミング』で製作総指揮を務め、スリラー作品として高い評価を受けた。
また、環境問題や社会的課題を扱うドキュメンタリーの制作にも携わり、映画界だけでなく映像制作全般において影響力を持つ存在となっている。近年ではストリーミング作品の制作にも力を入れ、デジタルプラットフォームでの展開を積極的に進めている。
受賞歴・代表作
ジュリア・ロバーツは、1990年の『プリティ・ウーマン』でゴールデングローブ賞主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞し、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされた。2000年の『エリン・ブロコビッチ』では、環境活動家を演じ、アカデミー賞主演女優賞を受賞。この作品での演技は高く評価され、キャリアの頂点を築いた。
代表作には、『プリティ・ウーマン』(1990年)、『ノッティングヒルの恋人』(1999年)、『エリン・ブロコビッチ』(2000年)、『オーシャンズ11』(2001年)、『ワンダー 君は太陽』(2017年)などがある。ロマンティック・コメディの女王として知られる一方で、社会派ドラマやサスペンス作品にも出演し、多様なジャンルで成功を収めている。
また、テレビドラマ『ホームカミング』(2018年)では製作総指揮と主演を務め、演技だけでなく制作面でも評価を得た。キャリアを通じて数々の賞を受賞し、長年にわたりハリウッドの第一線で活躍し続けている。