カラーパープル(1985)の解説・評価・レビュー

The Color Purple ヒューマンドラマ
ヒューマンドラマ社会派ドラマ

1985年公開の『カラーパープル』は、アリス・ウォーカーのピュリッツァー賞受賞小説を原作としたスティーヴン・スピルバーグ監督による歴史ドラマ映画である。製作はクインシー・ジョーンズとキャスリーン・ケネディが担当し、主演はウーピー・ゴールドバーグ、ダニー・グローヴァー、オプラ・ウィンフリー。20世紀初頭のアメリカ南部を舞台に、黒人女性の過酷な人生と再生の物語が描かれる。
物語の中心となるのは、幼少期から虐待を受け、家族と引き裂かれた黒人女性セリー(ウーピー・ゴールドバーグ)が、困難の中で自身の価値を見出し、自由と希望を手に入れるまでの数十年にわたる成長の物語。監督のスピルバーグは、本作で初めて本格的な社会派ドラマに挑戦し、当時のハリウッドではあまり描かれなかった黒人女性の視点からの歴史を繊細に表現した。

本作は興行的に成功し、全米で約9,800万ドル(当時のレートで約250億円)の興行収入を記録した。批評家からも高評価を受け、第58回アカデミー賞では作品賞、主演女優賞(ウーピー・ゴールドバーグ)、助演女優賞(オプラ・ウィンフリー、マーガレット・エイヴリー)など11部門にノミネートされた(惜しくも受賞は逃した)。後にアメリカ国立フィルム登録簿に選ばれるなど、映画史において重要な作品のひとつとして評価され続けている。
また、本作の公開後、ウーピー・ゴールドバーグとオプラ・ウィンフリーは一躍スターとなり、それぞれのキャリアを大きく飛躍させる契機となった。2023年には、映画を原作としたミュージカル版の映画化が発表され、改めて本作の持つ影響力が証明されることとなった。

『カラーパープル』のあらすじ紹介(ネタバレなし)


1900年代初頭のアメリカ南部、ジョージア州。14歳の黒人少女セリー(ウーピー・ゴールドバーグ)は、父親から虐待を受け、幼くして二人の子供を産むが、赤ん坊は奪われ、どこかへ連れ去られてしまう。さらに、妹のネティ(アコスア・ブシア)とも引き離され、暴力的な夫ミスター(ダニー・グローヴァー)に嫁がされる。家庭ではひどい扱いを受け、読書も許されず、孤独の中で生きるセリーは、やがて心を閉ざしていく。
しかし、そんな彼女の前に、強く気高い女性たちが現れる。気の強いソフィア(オプラ・ウィンフリー)は、男性社会に屈しない姿勢を貫き、セリーに「自分の人生を生きること」の大切さを教える。一方、自由奔放な歌手シュグ・エイブリー(マーガレット・エイヴリー)は、セリーに音楽の楽しさと愛を伝え、抑圧された心を解放するきっかけを与える。

次第に、セリーは自分の価値に気付き始め、やがてミスターに対しても自らの意志を示すようになる。長年引き裂かれていた妹ネティの行方を追う中で、彼女はついに人生を変える決断を下す。そして、長い年月を経て、セリーは本当の「自由」と「家族」を取り戻すことになる。

人種差別や性差別が色濃く残る時代の中で、一人の女性が苦しみながらも成長し、自分自身を見つけていく物語。セリーの歩みは、絶望の中にあっても希望を持ち続けることの尊さを静かに、そして力強く伝えていく。

『カラーパープル』の監督・主要キャスト

  • スティーヴン・スピルバーグ(39)監督
  • ウーピー・ゴールドバーグ(30)セリー・ハリス・ジョンソン
  • ダニー・グローヴァー(39)アルバート・“ミスター”・ジョンソン
  • オプラ・ウィンフリー(31)ソフィア
  • マーガレット・エイヴリー(41)シュグ・エイブリー
  • アコスア・ブシア(19)ネティ・ハリス
  • アドルフ・シーザー(52)オールド・ミスター・ジョンソン
  • ウィル・アーレン(32)ハープ・アービー

(年齢は映画公開当時のもの)

『カラーパープル』の評価・レビュー

・みんなでワイワイ 2.0 ★★☆☆☆
・大切な人と観たい 4.0 ★★★★☆
・ひとりでじっくり 4.0 ★★★★☆
・スピルバーグの挑戦 5.0 ★★★★★
・ウーピーゴールドバーグ出世作 5.0 ★★★★★

ポジティブな評価

『カラーパープル』は、スティーヴン・スピルバーグが初めて社会派ドラマに挑んだ作品として、感情豊かな演出と強いメッセージ性が高く評価されている。アリス・ウォーカーの原作小説は黒人女性の視点から描かれる力強い物語であり、映画版もその本質をしっかりと捉えている。スピルバーグは、歴史的背景を忠実に再現しながらも、映像美と感情の機微を重視した演出を施し、観客がセリーの人生に深く共感できる作品に仕上げた。

ウーピー・ゴールドバーグは本作で映画デビューを果たし、主人公セリーの苦しみと成長を見事に演じきった。特に、幼少期から抑圧され続けた彼女が次第に自分の声を取り戻していく過程は、視聴者に強い印象を残す。
ダニー・グローヴァーが演じるミスターは、当時の社会に根付いていた男性優位の価値観を象徴するキャラクターであり、彼の支配に対してセリーが立ち上がるシーンは、本作の最も象徴的な瞬間のひとつである。また、オプラ・ウィンフリー演じるソフィアは、強さと独立心を持った女性像を体現し、物語に力強いアクセントを加えている。

映像表現においても、本作はスピルバーグらしい美しい構図と色彩が印象的だ。特に、南部の広大な風景や、セリーが自由を感じる瞬間に映し出される鮮やかな紫色の花畑など、象徴的な映像が随所に盛り込まれている。原作のタイトル「The Color Purple(紫色)」は、神の存在や人生の美しさを象徴すると言われており、スピルバーグはこれを視覚的にも巧みに表現している。スピルバーグは、本作でアクションやファンタジーとは異なる表現に挑戦し、その後の『シンドラーのリスト』や『リンカーン』へと続く、社会派作品への転機となった。
また、音楽も本作の重要な要素のひとつであり、製作総指揮を務めたクインシー・ジョーンズによるスコアは、感情を引き立てる役割を果たしている。劇中で描かれるゴスペルやブルースの要素は、単なるBGMではなく、登場人物たちの生き方や文化を表すものとして機能している。特に、シュグ・エイブリーが教会で歌うシーンは、映画全体の中でも象徴的な場面のひとつ。音楽が人々をつなぐ力を感じさせる。

ネガティブまたは賛否が分かれる評価要素

『カラーパープル』は感動的な作品として広く評価されているが、一方でいくつかの批判や課題も指摘されている。最大の論点のひとつは、スティーヴン・スピルバーグという白人男性監督が、黒人女性の視点を描く作品を手がけたことに対する議論である。アリス・ウォーカーの原作は、黒人女性作家が書いた、黒人女性のための物語であり、その映画化において「スピルバーグの視点が果たして適切だったのか?」という疑問は、当時から今に至るまで繰り返し議論されている。
映画版は原作よりもややソフトな演出が施されており、特にセリーの苦しみの描写が抑えられたことで、物語の持つ本来の痛みや怒りが薄まったと感じる原作ファンもいる。

また、本作の映像美は称賛される一方で、その「美しすぎる」表現がリアリズムを損なっているという指摘もある。スピルバーグは、南部の壮大な風景や美しい色彩を強調しているが、それがかえって作品の厳しいテーマと対照的すぎるという意見も。特に、物語の背景には深刻な人種差別や性差別があるにもかかわらず、映画はそれらを直接的に批判するというよりも、セリー個人の成長に焦点を当てているため、社会的なメッセージが薄れてしまったと感じる人もいる。

さらに、キャラクターの描かれ方にも賛否が。ミスター(ダニー・グローヴァー)のキャラクターは、映画版では原作に比べてやや単純化されており、彼がなぜあのような態度を取るのかという背景があまり掘り下げられていない為、彼は「ただの暴力的な夫」として描かれ、映画全体のテーマのひとつである「人間の成長」や「許し」の要素がやや弱くなってしまっている。
本作がアカデミー賞11部門にノミネートされながら、一部門も受賞しなかったことは、当時大きな話題となった。1986年のアカデミー賞では、『愛と哀しみの果て』が主要賞を独占し、『カラーパープル』は無冠に終わった。
この結果は、ハリウッドにおける黒人映画や黒人女性の物語の評価のされ方に関する議論を呼び、今なお映画史における象徴的な出来事として語られている。これらの批判点を踏まえても、本作が多くの人々に感動を与えたことは間違いなく、また、この映画をきっかけに黒人女性の物語がより注目されるようになったという点では、大きな意義を持つ作品である。

こぼれ話

『カラーパープル』はスティーヴン・スピルバーグにとって、アクションやファンタジーではなく、社会派ドラマに挑戦した初の作品だった(時系列でいえば、インディ・ジョーンズやE.T.の後に位置する)。そのため、彼自身も撮影前はプレッシャーを感じていたといい、実際に、彼はこの作品の監督を引き受ける前に、「自分がこの物語を語るのにふさわしいのか?」と何度も自問したと語っている。結果的に、彼はアリス・ウォーカーや製作総指揮のクインシー・ジョーンズの支えを受けて監督を務めることになったが、公開後の評価を受けて「もし今撮るなら、もっと違うアプローチをしていただろう」と後に振り返っている。

ウーピー・ゴールドバーグにとって、本作は映画デビュー作だった。しかし、彼女がこの役を得るまでの道のりは決して簡単なものではなかった。彼女は当時、スタンダップコメディアンとして活動しており、そのユーモアと表現力が評価されていた。スピルバーグは彼女の才能に目をつけ、ニューヨークで行われたオーディションで直接彼女の即興演技を見て、すぐにセリー役に決めたという。
ちなみに、ウーピーは後に『天使にラブ・ソングを…』(1992)で世界的なスターとなるが、そのきっかけを作ったのが本作だった。

オプラ・ウィンフリーもまた、本作が映画デビュー作となった。彼女はすでにテレビ司会者として知られていたが、映画にはまったくの新人だった。それにもかかわらず、強く独立した女性ソフィアを圧倒的な存在感で演じ、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされるほどの高評価を得た。実は、彼女は役を得た当初、「私は映画女優としてやっていけるのか?」と不安を抱えていたという。しかし、撮影初日にスピルバーグが「あなたはここにふさわしい」と声をかけたことで、ようやく落ち着いたと後に明かしている。

撮影現場では、スピルバーグは普段のアクション映画のような派手な演出を封印し、俳優たちが自然に演技できる環境を整えた。その結果、ウーピー・ゴールドバーグやオプラ・ウィンフリーだけでなく、ベテランのダニー・グローヴァーやマーガレット・エイヴリーも、リアルなキャラクターを作り上げることができた。特に、ダニー・グローヴァーは、劇中での暴力的なキャラクターとは裏腹に、撮影の合間にはキャストと談笑しながら和やかに過ごしていたという。とはいえ、彼はあまりにも役になりきっていたため、公開後しばらくの間は街中でファンに「ひどい男!」と罵られることもあったとか。

また、本作には小さなカメオ出演がいくつか仕込まれている。例えば、原作者のアリス・ウォーカー自身が、映画の終盤でさりげなく登場している。彼女は撮影現場にも頻繁に訪れ、スピルバーグやキャストと交流を深めていた。彼女は当初、映画化に対して慎重な姿勢を取っていたが、完成した作品を見たときには涙を流し、「この映画は私の心を映し出している」と語ったという。

アカデミー賞では、驚くべきことに11部門ノミネートされながら一つも受賞しなかったが、映画はその後も長く評価され続けた。特に、クインシー・ジョーンズが手がけた音楽は高く評価され、2005年にはブロードウェイでミュージカル化されるほどの影響を与えた。そして2023年には、ミュージカル版をもとにした新たな映画化が発表され、『カラーパープル』の物語は再びスクリーンに戻ってくることとなった。

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